青森市の青森山田高校や青森大学を運営する学校法人青森山田学園の木村隆文理事長が28日未明、青森市青葉の自宅で死去した。
 71歳だった。長年サッカーや野球など部活動の振興に力をそそぎ、青森県のスポーツ界をリードする存在だった。
 同学園や関係者によると、同居する家族が28日朝、風呂場で倒れている木村氏を見つけた。すでに死亡していた。死因は調査中だが、現場に駆けつけた警察は検視の結果、自殺や事件の可能性はないと判断した。
 木村氏は青森山田高校の校長も兼ねており、亡くなる前日は高校の仕事で県外に出張していた。出張が終わって高校に寄った際には、普段と変わらない様子だったという。死去を受け、高校では28日夕、緊急集会で生徒らに訃報を報告した。
 1995年に校長に就いた木村氏は2002年に学園理事長にも就任。屋内練習場を完備した野球の合宿所や卓球専用の体育館などスポーツ施設を充実させ、県外の有望選手も積極的に受け入れた。男子卓球部の全国高校総体7連覇や全国高校野球選手権県大会6連覇、全国高校サッカー選手権大会準優勝など部活動で数々の実績を残した。
 今夏まで10年間高校の野球部監督を務めた渋谷良弥さん(64)は就任を要請された際、当時住んでいた山形県に木村氏が何度も足を運んで「スポーツは学校の鏡。なんとか強くしてくれ」と熱く語った姿が印象に残っている。
 就任初年に夏の県大会を制覇して甲子園出場を決めた時には、球場にいた木村氏が渋谷さんに無邪気な笑顔で抱きつくなど常にスポーツへの情熱を表に出す一方、部員の制服の乱れを見つけると「指導をしっかりしてほしい。野球がうまいだけではいけない」と苦言を呈し、教育者としての厳しさを見せた。
 渋谷さんは、「スポーツで学校を元気づけたいという一念で頑張ってきたのだろう。突然のことで気持ちの整理がつかない」と肩を落とした。
 木村氏は県体育協会や県高野連などの役員も歴任しており、渡辺学・県高野連理事長は、「開会式のプラカードの先導役を自校から募るなど常に細やかな気配りをしてくれた」と悼んだ。
 一方、青森山田学園では今年1月以来、運営する青森大学の偽装留学や留学生向けの奨学金不正受給が相次いで明らかになり、今月16日、自身も監督責任を問われて減俸処分を受けていた。
(2011年11月29日10時04分
読売新聞)

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